HISTORY of プロBMXライダー佐々木元オフィシャルサイト

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〜佐々木元のBMXとの歴史〜

幼少期「乗り物に目覚める」

もと子供.GIF
1985年5月5日、江戸川区で誕生 1988年11月14日(3歳)

・初めて乗り物に乗る。兄とともによく遊んでいた。

とてもやんちゃな少年で壁に頭をぶつけ、

大量に血を流したことを今でも覚えている。
もと2つ上の兄と.GIF 元気に育った佐々木は外でよく遊ぶ少年だった。
兄と遊んでいる一枚

この時から乗り物が好きだった様子、、兄と自転車2.GIF

幼稚園入園「初めての自転車」

昔と同じゴールドのハンドル.GIF

1989年(4歳)

国立科学博物館での写真。
どこに行っても、乗り物に目が無い少年だった(母親談)

5歳で未だ補助輪付きの自転車に乗る。少し遅めの自転車との出会いだった初めての自転車.GIF


〜小学校入園

小学校.GIF

1991年(6歳)

江戸川区立西一之江小学校入学
地元の駄菓子屋や友達の家に
常に自転車で行っていた。

乗り物好き.GIF

1993年(8歳)

自転車でなく、馬に乗っている。
この頃は、毎日塾やバスケットボールクラブ・スイミングスクールに自転車で通っていた。

中学校入学「テニスプレーヤーとしてスポーツの道へ」

高校でみんなと御宿 スポーツ.GIF

1998年(12歳)東海大学付属浦安中学校入学

中学の頃はスポーツ大好き少年で2年の頃より本格的に硬式テニスを始める。
毎日学校の部活動に励みその足でテニススクールに通い、そのまま夜遅くまで社会人に混ざりテニスの練習に励んだ。個人では地区大会で優勝するなど活躍し、学校でもテニス部の部長を務める。
この時出会ったテニススクールのコーチの影響を受けテニスのコーチになるという将来への夢を抱く。

ボディボード.GIF

2001年4月 (15歳)東海大学付属浦安高校入学 

もちろんテニス部に入った佐々木だったが、高校に入ってすぐ中学の時からの毎日のハードトレーニングが影響し腰の椎間板ヘルニアを患ってしまう。そしてテニスのコーチになるという夢を諦める事となる。

2002年(16歳)

近所の接骨院に通いながら、何度かスポーツの道に進む事に挑戦したがやはり腰の痛みがとれず徐々に頭の中からスポーツという言葉が遠ざかっていく事となる。
その後、後にBMXの事を教えてくれる事となる友人達と遊んだりして、普通の高校生としての日常を過ごす。

17歳〜「人生を変えたBMXとの出会い」

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2003年2月(17歳)

高校生活を普通に送っているある日。
自転車を盗まれ、次にどんな自転車を買おうか?と悩んでいる時にたまたま友人に聞いて知った「回ったり跳んだり出来る自転車“BMX”」の存在を知り近所のイトーヨーカドーでBMXを購入。
この時、このBMXが劇的に佐々木の人生を変える事になるなんて思いもしなかった。

しかし実はこの時佐々木は、間違えて見た目だけでBMXハンドルが回転しない街乗り用のBMXを買ってしまっていた。

技のやり方もわからず不満を持った頃、たまたま腰のリハビリで舞浜のスポーツジムに来ていた佐々木は帰り道の公園で休んでいると遠くにBMXであり得ない状態でグルグル回っているBMXライダーを偶然見つける。

その練習の様子や技の形は今でも鮮明に覚えている。それくらいの衝撃だった。

遠くでしばらくそのライダーを見ているとライダーが佐々木に気づいて近づいて来てくれて
「君、いい自転車乗ってるね。何か技とか出来る?」
と声をかけられた事がきっかけとなり、

この日を境にBMXライダーとしての新しい人生がスタートした。

この偶然の出会いが後に師匠となり佐々木にBMXのすべてを教えてくれたプロライダーの鈴木孝生氏との出会いだった。

すぐに貯金を使い、新しい本当のBMXを買って練習をスタート。
約2年間しっかりとした運動から遠ざかっていた佐々木はBMXの練習の楽しさに引き込まれて、
生活のすべての時間を練習にあて毎日8時間〜10時間の練習をする事となる。


その後狂ったように練習漬けの毎日を送っていた佐々木は、練習場のまでの往復2時間という時間すらもったないと考え練習をしている公園でそのまま寝泊まりする生活を過ごす様になる。

大会や周りにどんなライダーがいる等は全く知らないまま、学校近くの公園でひたすら練習の毎日。
修学旅行や体育祭・文化祭・遠足などBMXの練習がしたいがためすべての学校行事を休み練習に打ち込む日々が続いた。

練習漬けの日々「全日本選手権挑戦」

大好きな公園.GIF

2003年(18歳)

初めて参加した大会で一番下のクラスで優勝した佐々木だったが、女性ライダーより自分の技のレベルが低いと師匠である鈴木氏に言われそれが悔しくさらに練習漬けになっていった。

BMXを初めて半年「BMXFREEDOM」という雑誌の片隅に掲載された事が嬉しく全日本選手権への参加を決意。KOG(King Of Ground BMXフラットランド全日本選手権)ノービスクラスに初参戦し9位に入賞。

高校卒業〜「全日本選手権プロクラスへの挑戦」

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2004年4月(18歳)東海大学付属浦安高校卒業

予定していた東海大学への推薦を急に断った佐々木はBMXライダーとして生きていくことを決意。
KOGノービスクラスで入賞した次のKOGではエキスパートクラスに昇格し初参戦で12位と好成績を納める。

その後アルバイトとBMXの練習漬けの毎日を過ごし、その年のKOGの2戦目にも参戦同じく12位に終わる。

この時くらいから日本中に目を向ける様に変わっていき師匠の勧めで仙台の大会に行こうとヒッチハイクを試みたり貧しい中日本中の大会を転戦し始める。

KOG最終戦を残し年間ランキング3位になった佐々木は、年間3位に入賞すれば日本に20名の規定プロライダーとしての権利を得れる大事なKOG最終戦を大敗。
30位以下とその年のプロへの道を閉ざされる事となる。

プロへの道〜「怪我との戦い」

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2005年(19〜20歳)

2005年待ちに待ったKOG初戦を3位で入賞。初めて全日本選手権エキスパートクラスでの表彰台だった。
順調に行けばエキスパートクラス優勝・年間ランキング3位以内とプロ資格への挑戦の年だったが、KOGから帰ってきて練習を再会した直後テニスで患ったヘルニアが再発3ヶ月間歩けない生活になってしまう。


前回より重度のヘルニアになってしまった佐々木は数々の病院を巡り、自分に合う病院を探すが見つからなかった。


その後、何度挑戦しても腰にすぐに痛みが出てしまいBMXの練習から遠ざかってく日々を過ごし、乗れば怪我をしてしまう事に恐れ応援してくれていた千葉のセオサイクルの店長さんにBMXを預ける事となる。


あれほど好きだったBMXの事も毎日少しづつ記憶からBMXの事を忘れてしまう自分が怖かった。


約半年の日々が過ぎ、その年の大好きだったKOGのプロクラス最終戦の観戦も忘れてしまうくらい
佐々木の頭からBMXが離れていってしまっていた。

BMXとの再会〜「プロとしての一歩」

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2006年(20歳)


KOG初戦エキスパート3位入賞からちょうど一年が経ってまたKOGの初戦の時期が到来。


久しぶりにBMXで出来た仲間や先輩の応援に行こうと観光を兼ねて福島で行われるKOGに行こうと決意した佐々木は

「せっかくだからBMXを持っていってみんなと一緒に大会に出たい!」と、
預けていたBMXを回収し福島に向かった。

もちろん怪我から復帰出来ていなかった佐々木だったが、奇跡的にエキスパートクラス10位でギリギリ予選通過し翌日の本戦に挑む事となった。

一日で痛みが限界だった佐々木は薬局で痛み止めを買いなんとか決勝に参戦。

決勝当日トップバッターだった佐々木はノーミスで決勝を終えて念願のエキスパートクラスで優勝。
どうすればいいのかわからなくなり、終わった数分後にはすぐに帰路につき家に帰った。

そしてこのKOG優勝がきっかけとなり今でも通っている病院を紹介してもらう事となり、
劇的に腰の痛みが治り競技人生が新たにスタートする事となる。

プロとしてのスタート「歓喜からの転落」

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2006年7月(21歳) 念願の全日本選手権プロクラス優勝を果たす

日本に20名という規定プロライダーとしてのスタートをした佐々木が挑んだ全日本選手権のプロクラスデビュー戦。
佐々木は当時プロクラス最年少ながら史上初となるデビュー戦にてプロクラスを優勝。
怪我で一年のブランクがあるにも関わらず約3年でKOGROUNDチャンピオンとなる。

2007年3月(21歳) 初の海外戦挑戦

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全日本選手権で得た賞金を手に先輩と初めての海外の大会に挑戦。

飛行機への乗り方がわからなかった佐々木はスーパーの袋で機内に搭乗したり、
向かった先のカナダの気温を調べず極寒の−10℃の中で初日で手荷物の洋服を全部着る事になったりと
いろんな人生経験を積む事になる。

肝心の大会はプロクラスで6位入賞を果たす、が
もちろん優勝を目指していた佐々木は極寒の雪の中外でうずくまった事を覚えている。

これを期に「たとえ日本が雨で練習が出来なくても海外の選手は練習している」と
海外の選手を目標に日々の練習により一層励む事となる。

2008年 初めての挫折〜「海外の壁の高さ」

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順調にいっていたかの様な先のBMX人生だったが、2008年。日の目に当たる事なく急に大きいコンテストに勝てなくなる日々が続いた。

勝つ事を考える様になってしまったのか精神的なプレッシャーや緊張を抱えるようになってしまい、
ここぞという舞台でどうしても力を発揮出来ない。

2008年今でも目標にしている世界一大きいドイツのBMXの世界戦「BMXMASTERS」に初挑戦。
全80名の世界中のトッププロライダーの中から予選を3位通過するも決勝は下から2番という結果に終わった。

日本に帰国後、翌年2009年には一日でも練習をする時間がもったいないとKOGプロクラスの参加も辞退しKOGエキスパートクラスに降格、更なる高みを目指し再び一から練習に明け暮れる日々を送った。

そして翌年。

〜2010年 劇的に進化を遂げてBMXの歴史を塗り替える事となる〜

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